文系フリーランスまたは休日低音大堤琴奏者の戯言

翻訳を生業とする文系フリーランスです。日々思い付く事を書いてます。

涙 (1956年、松竹)

シネマヴェーラという渋谷の名画座で表題の映画を見ました。

大映所属だった若尾文子さんが松竹映画に出演している珍しい作品です。

あらすじその他は他を参照してもらうとして、思った事を書きます。

佐田啓二さんが素晴らしい

若尾文子さんが演じるヒロイン志津子のお兄さん、信也を演じてる佐田啓二さん、本格的な演技を初めて見ましたけど素晴らしいですね。居処の定まらない流れ者で、一見粗野ですが優しいお兄さんを演じています。他の男優陣が表裏の少ない役柄なだけにその演技が光ります。若くして亡くなってしまったのが本当に残念ですが、功績はしっかり残っています。

主人公兄弟の境遇

何となく、火垂るの墓の兄弟が生きていたらこんな感じなのかなあ、と思いました。まあ父親が生きてるのがちょっと違いますが。ちなみに火垂るの墓が発表されるのは10年ほど後です。

恋人同士の境遇

愛し合っていながら一緒になれない境遇、これは野菊の墓を思い出しました。

夫の名台詞

僕は人を愛した事のない人や、愛された事のない人と一緒になるつもりは無かったんだ。って、日本映画史上に残る名台詞ではないかと思いますけど、意外にあっさりしていてちょっと拍子抜けでした。大映だったらもっと劇的に言わせるかも知れません。ただ夫のキャラクター的にはこれで良いのかなあと思いました。

ラストシーン

何となく話には聞いてましたけど、これは素晴らしいです。娘にあわす顔が無い父親の悲哀を巧みに表していると思います。さらにその後、子供たちと一緒に父親が去っていく場面、このヒントは天井桟敷の人々ではないかと思います。

それと言うまでも無い事ですが

若尾さんが素晴らしい

ほとんど笑わない、運命に翻弄される薄幸の女性役ですが、それだけに時折見せる笑顔が素敵ですし、ラスト近くの救いの場面も効果的です。すでに溝口健二監督に仕込まれた成果が出ているのでしょうか。

そういえば生涯の名コンビとなった増村保造監督との記念すべき第1作である青空娘はこの翌年の公開です。全く違った近代的な女性を演じていますが、静岡から東京に出てくるとか、継母のいじめとか、印象的な海辺のシーンとか、共通点もあります。

ただし、ラストシーンはこの涙の方が素晴らしいと思います。

ここ何年か上映を見逃してたのですが、今回やっと見る事ができました。 明日6日と8日金曜日も上映されます。

シネマヴェーラ渋谷

涙 [VHS]

涙 [VHS]