文系フリーランスまたは休日低音大堤琴奏者の戯言

翻訳を生業とする文系フリーランスです。日々思い付く事を書いてます。

南の島に雪が降る

戦争の体験記というと残酷、過酷な内容を想像してしまいますが、黒澤明監督の映画にも出ている加藤大介氏の書いたこの本、タイトルも異色なら、戦闘シーンも全く出て来ません。戦地として赴いたニューギニアで、氏は演劇をやる事になるのです。戦場でそんな事が、と思いますが、周りに何故か理解のある人が揃い、人材が集まり、無いはずの物資も揃い、演劇分隊、つまり劇団が立ち上がります。

興行が始まって見ればこれが大当たり。ニューギニア中の日本兵たちの間で評判になります。

もちろん、過酷な状況である事に変わりはなく、観劇で元気を取り戻す兵士も居れば、「面白かった」といった途端、絶命してしまう兵士もいます。しかし、多くの兵士に生きる希望を与えた事だけは間違いありません。 こういう娯楽というのは、非常時には自粛すべきもの、とつい考えてしまいますが、こんな時にこそ大切なのだろうと思います。

戦闘の影も全く無いわけではありません。最初の方に出てくる「南方への転進」、これは「マノクワリ死の行進」と呼ばれる、2万人が全滅した作戦です。それを羨ましがった加藤氏が結局生き延びたのですから、なんだか皮肉な話です。

全体のタイトルにもなっているエピソード、南の島に雪が降るはやはり圧巻です。山形出身の私も危うく落涙しそうになりました。

蛍の光というエピソードのタイトルを見た時、私は何だか読み進めたくない気持ちになりました。予想どおり演劇分隊が解散する場面でした。しかし、湿っぽい感じはありませんでした。

他に例の無いユニークな戦記ですが、戦争のエピソードというのは一人一人違うのが当然なのかも知れません。掛け声こそ国民皆兵ですが、そのエピソードがそれぞれに違うという事実は人間の多様性を示すものと言って良いでしょう。その多様性こそが平和へのメッセージなのかも知れません。

南の島に雪が降る (知恵の森文庫)

南の島に雪が降る (知恵の森文庫)